京都の通訳ガイドEriの小話

”大切な人を大切な場所へ”をモットーに地元京都で旅行プランナー、通訳案内士をやっています。ツアーで出会った愛すべきお客様達とのエピソードや、改めて感じた京都、日本の魅力を綴っています。

もう狩野派だけとは言わせない

 

京都をブラブラしていると、国宝級のお宝や、数百年前の物が、さりげなくポンと置いてあったりします。

知らなければ、ただの古い物、でもその歴史やストーリーを知ると一気に面白くなります。私自身、そんな体験をした1つの場所が智積院での襖絵、そしてそれを描いた絵師の話です。

 

今回、ご紹介させて頂くのは”Mr. 長谷川等伯”。

今、大河ドラマでやっている官兵衛と同時代に生きた絵師です。

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そう、この時代、絵師といえば、なんといっても”狩野派”。

政府のお抱え絵師として、あらゆるプロジェクト責任者として狩野一門で関わっています。 そんな狩野派一色の京都の都に、30歳で上京してきたのが等伯。当時の平均寿命が40歳くらいといわれる時期に、まだまだ人生これから!と乗り込んできたのです。

勿論、知名度はゼロ。

実力を見せるしか道はない、と彼は大徳寺に夜忍び込み、勝手に襖絵を書いたのです。翌朝それを見つけた人々が大騒ぎ!その立派な絵がすっかり有名となり、千利休に見込まれ、その後、大徳寺南禅寺などなど、大型プロジェクトも受注できるようになってきた矢先、天下の一大プロジェクト到来。あの秀吉の息子がわずか3歳で亡くなってしまい、それを弔うためのお寺を建てるというのです。

普通にいけば、もちろん狩野派が受注するところ。

しかし、まさかの狩野永徳急死!

これで運が回ってきたか、等伯は大抜擢され、このお寺の襖絵プロジェクトを長谷川一門で受注したのです。

息子や弟子達と一緒に書き上げた襖絵。

秀吉好みの金屏風のキンキラ鮮やかな世界。

それから400年、、、

当時のものが、そう、オリジナルが智積院に残っています。

しかも、目の前、鼻先5cmの至近距離で見れます。

ジーックリ見ると、その筆遣いも見えてくる絵。絵や書は作者の筆運びを追体験できる、何とも言えない魅力があります。

 

興味を持たれた方、是非訪れてみてください。

そして目を閉じて、当時の様子に想いを馳せてみてください・・・♪

チャンスを自分の手でつかみ取って、道を切り開いた等伯は調べるほどに魅力のある人物です。妄想好きな私は、いつも当時をイメージしながら見て感動を増幅させております笑

 

京都をより味わうには、妄想力・想像力がポイントかもしれません!?